TOP > 子どもの社会的養護 > 児童養護施設
取り組む課題 児童養護施設
TOP > 子どもの社会的養護 > 児童養護施設
 

児童養護施設の現状

    
児童養護施設については、その出身者の現状がよく語られます。20%が高校中退をする、低い就業率、生活保護受給などと、このような現象面が目立ちます。しかしその背後にある背景となると、状況はより複雑です。あえてそれを3つに分けると、(1)貧困を背景とした虐待増加、(2)施設のヒト・モノ・カネが不十分な現状、(3)そもそも社会の関心が低いため、日本の子ども・教育向け支出が先進国最低レベル、という個々の課題に区別されるでしょう。いずれにせよ、これらの課題解決にとって、国からの出されるお金の不足は決定的です。


Image
 

背景としての児童虐待

そもそも児童養護施設とは、何らかの事情で親と育つことができない子どもが生活する施設です。後述するように、そういう事情にある子どもが育つ環境として里親家庭もあるが、日本ではそれは20%程度に留まっています。昔は、戦災孤児を引き受けることが多かったため、「孤児院」という名前で知られていました。

その施設に子どもが入所する理由はこの30年で様変わりします。1978年に入所理由トップだった親の離婚・不和・死亡・行方不明は、2008年には5位・6位になり、一方で元々少数派だった親の虐待・就労・経済的理由(要は親の貧困)が今や1位・2位になっているのです。
Image
そもそも児童養護施設とは、何らかの事情で親と育つことができない子どもが生活する施設です。後述するように、そういう事情にある子どもが育つ環境として里親家庭もあるが、日本ではそれは20%程度に留まっています。昔は、戦災孤児を引き受けることが多かったため、「孤児院」という名前で知られていました。

その施設に子どもが入所する理由はこの30年で様変わりします。1978年に入所理由トップだった親の離婚・不和・死亡・行方不明は、2008年には5位・6位になり、一方で元々少数派だった親の虐待・就労・経済的理由(要は親の貧困)が今や1位・2位になっているのです。
  
    
物質的貧困は、家庭環境にも確実にストレスを与えます。もちろん、物質的に恵まれている家庭でも児童虐待は起きますが、実態として児童虐待で通報される家庭の多くが経済的に問題を抱えています。そしてその児童虐待相談件数は、ここ数年も増加の一途をたどっています(ただし、通報の増加が問題の深刻化と一致しない可能性がある点には注意が必要です)。


Image
  
    
虐待は子どもの精神状態に明確な影響をもたらします。その影響のあり方は様々ですが、過去20年で児童養護施設に入所する子どものうち、なんらかの障害をかかえる子どもの数は2倍になっています。


Image
  
 

日本の社会的養護の状況

  
  
    
このような貧困や虐待などが原因で親と一緒に暮らすことができな子どものために、社会が用意する養育環境を「社会的養護」と言いますが、子どもたちは、次のような過程を経て児童養護施設に行くことになります。

まず通報などがあり、特に深刻なケースだと判断された場合、その子どもは一時保護所に預けられます。そのうち、家庭に戻ったり、裁判になったり、入所したりする子どもは約6割。家庭復帰が難しいと判断された子どもたちは、親と離れて暮らすことになります。

そのうち、現在8割くらいの子どもは施設で暮らし、残り2割が里親家庭で暮らしています。施設には様々な類型がありますが、その中でもっとも多くの子どもが暮らすのが児童養護施設です。日本ではとにかく里親の比率が低く、その理由としては(1)社会の認知が低い、(2)子どもが里親に預けられるのを実親が拒否する(子どもを里親にとられるのではないかと警戒するらしい)、(3)児童相談所が子ども対応に忙しすぎて元々からよく知っている施設にとりあえず預けてしまう、など様々です。子どもにとってベストな選択肢が常に提供されている状態が理想ですが、現状はその理想とは遠いところにあると言わざるをえません。


Image
  
一般化は難しいですが、児童相談所が子どもを里親に預けるか、施設に預けるかの選択に直面したとき、被虐待児で複雑な状況にある子どもであるほど施設に預けられることが多いと言えます。それは、(本人のせいではないにせよ)そのような子どもは様々な問題を起こしがちで、里親家庭ではそれに対処するのが難しい一方、施設であれば専門性の高い職員による対応も可能性だという計算があってのことです。里親家庭で引き受ける子どもとのマッチングがうまくいかないと、場合によっては里親家庭そのものが壊れてしまうことすらあります。しかし施設であれば、児童指導員との相性が悪くても生活のユニットを変えるなどで対応もできますし、専門の心理療法士もついています。​
   
Image
  
    
児童養護施設の建物は、一つの生活単位(食事・風呂など)に何人の子どもがいるかによってタイプが分かれます。最も多くの子どもが暮らしているのが大舎で、これは「合宿所」のようなイメージ、というと分かりやすいかも知れません。一方で、小舎はひとり親で子どもが6人いる「家庭」というイメージになります。大舎は大勢の子どもを見るのに「効率的だ」という理由で、戦後間もない頃に建てられた施設の多くは大舎に属します。しかし現在の社会では、より家庭的な養育環境を子どもに準備すべく、小舎を増やしていくことが求められているのです。


Image
過去4年の間に大舎は減り、小舎の建物は増えている傾向にあります。しかしながら、まだ人数換算では多くの子どもが依然として大舎で生活をしています(右記グラフでは、1ひとつの施設で小舎の区画と大舎の区画がある場合には、小舎1、大舎1とカウントされるため、合計しても全国の施設数とならない点、ご留意ください)。

小舎への移行が早く進まない最大の原因は、施設を小舎にするための資金を十分に積み立てている児童養護施設は少なく、施設新設のために新たに借入をしようとしても返済原資がないという理由で退けられてしまう、という事情にあります。社会的養護の建前は「家庭で育つことができない子どもに、社会が養育環境を準備する」というものなのですが、施設側の資金不足が理由で建て替えが進まないという現状には、もどかしさを感じざるをえません。

   
Image


次に、ヒトの問題を見てみましょう。子どもの親代わりとなるケア職員(保育士や児童指導員)の配置基準は2013年までは40年間変わることがありませんでした。例えば、配置基準が6対1の場合、受け入れている子どもの数が6人であれば、ケア職員1人を雇うだけのお金(措置費)が、国や地方公共団体から支払われることになります。直近の配置基準は学童以上の子どもで5.5対1、3歳〜学童以前で3対1、それ以下で1.6対1となっています。

5.5対1ということは、11人の子どもに対して職員が2人つくということです。一人の職員が24時間子どもの対応をしているわけではありませんので、ケア職員1人あたりの子どもの数は平均すると10人になります(なお、以下は一つ前の配置基準時のデータなので現在は若干改善はしているものの、ほぼ変化はありません)。
   
Image
    
この、1人の職員で10人の子どもの対応をするというのは大変なことです。ただ普通に家事を回すだけで一日が怒涛のように過ぎてしまいます。しかもその相手は、多くが虐待を受けたり様々な家庭の事情で複雑な心理状態にある子どもたちで、本当ならば一人ひとりが手厚いケアを必要としているにもかかわらず、です。

人間が育っていくためには、誰か特定の人と愛着関係を結び、「ああ、自分はこの人から存在を望まれている」という確信を得ることが欠かせません。そうしてこそ、私たちは世界が自分たちを受け入れていると信じられるのですし、生きる希望も努力する元気も湧いてくるのです。しかし、今の児童養護施設の現状では、そういった愛着関係をケア職員と子どもが結ぶのは非常に困難だと言えます。

このような状況で、施設には心身疲弊し、燃え尽き症候群(バーンナウト)になる職員が後を絶ちません。突然出勤がままならなくなり、退職せざるをえない職員が多くの施設で毎年のように出ています。その結果、児童養護施設の職員の勤続年数は長くありません。ケア職員が本当に親の代わとなるのであれば、子どもが施設を出て行った後も、施設に戻れば顔なじみの職員がいる、というのであるべきですが、現状はそこから遠いものです。


Image



この退職率の高さ、勤務環境の厳しさを背景にして、いま児童養護施設内では、「職員にきちんとした労働環境を準備してこそ子どものケアができる」という立場と、「現状の配置基準で職員の労働環境なんかを気にしていたら、子どものケアなんてできっこない」という立場との、意見対立が見られることもしばしばです。


  
 

国からの予算不足

  
  
ただ、この児童養護施設内の意見対立は、そもそも国から十分な資金が子ども向けに払われていたら生じなかったのではないでしょうか。

次の図は、日本の子ども・家族向け支出と高齢者向け支出のGDP比を1とした時の、各国の支出の国際比較です(各国の年齢構成の違いも調整している)。日本の子ども・家族向け支出はGDPの0.7%であり、これは国際的に見て非常に低いものです。比較対象としたいわゆる先進国の中では、韓国、アメリカに次いで低い数字です。その一方で、高齢者向け支出は8%であり、これは他国と比べても一般的な水準といえます。すなわち、日本は年金のみならず、公的支出においても高齢者に優しく、子どもやそれを養う家族に厳しい国だ、ということなのです。

Image


社会的養護の直面する問題のそもそもの背景にあった子どもの貧困率は、国がその対策にどれくらいのお金を割くかによって明確に異なってくるようです(下図)。そして、日本の教育向け支出・家族向け支出は、国際比較において、あまりに少ないと結論して良いと思われます。

Image


政策提言や政策実行に関わる多くの人から、「この国にはそんなに子どもにつける予算は無いのだから、限られた予算の中からどうやって賢く意味のある支出を行っていくのかを考えるべきである」という意見が出されることは少なくありません。

確かに、社会的養護の文脈においても、難易度も低くかつ「割安」で、ある程度の効果を確実に見込める打ち手は存在します。例えば、里親を増やし施設の統廃合を行っていくこと、一軒家の賃貸などによる養育環境を提供していくことなどは、多少時間がかかっても進めていくべきものです。しかしその一方で、課題を深層まで分析することで見えてくるのは、この国の格差の広がり、経済の停滞、子どもへの所得再配分の少なさ、といったより根本的な問題です。こうした本質的な問題については、生半可な対応では解決できないことが多いと思われます。さらに特にいまは、社会的養護において、各要素が複合的に負の連鎖をつくっている状況にあります。そのような負の連鎖は、リーダー主導の「よく考えられた力技」で押し切ることでしか解消されないのではないでしょうか。

「どんな家庭に生まれた子どもにも、一般家庭に見劣りしない養育環境を社会が用意すること。」
それを実現する覚悟が、今の日本を生きるわれわれは問われているのです。